【勝手に自己紹介♪】プロフィール

田舎で農業と在宅ワークでの生活を目指して奮闘中💪

 

田舎で自由に♡をテーマに

長野の田舎で子育てママをしているえりです🍎

 

今日は、私の自己紹介をさせて頂きたいと思います♪

 

元は中学の体育教員の経験もあり!

そんな私がなぜ今こんな生活をしているのか…

 

興味を持っていただけたら嬉しいです♡

 

【幼少期のひとみしり】

 

もともと生まれは兵庫で、3歳の時に家族で母親の故郷である長野県に引っ越してきました!

 

幼少期は、人に隠れてばかりいる人見知りの激しい子どもだったようです。

 

しかも食べることが大好きだったので、まん丸体形で、ほっぺも赤く、リンゴちゃんのあだ名がピッタリな女の子でした🍎

 

【スピードスケートとの出会い】

 

小学生になって、スピードスケートに出会いました!

元オリンピック選手の小平奈緒さんは同い年で、よく一緒に練習をしていました✨

 

奈緒ちゃんの印象は、とにかく1人でもくもくとスケートに向き合っている!

 

私自身も真剣に向き合ってきましたが、格が違うのを子どもながらに感じていました。

 

スケートで同じスタートに立つ度に、奈緒ちゃんの凄みやオーラを感じたのを覚えています!

 

私自身は、中学1年生の全国大会で、前の人の転倒に巻き込まれ骨折。

それ以来、恐怖感でリンクに立てなくなりました。

 

その骨折から回復してからは陸上競技に打ち込んできました。

 

陸上競技を通じて、色々なところに遠征をしたり、仲間と合宿する機会を頂けて、人との関りが広がることが楽しくて、夢中になって打ち込んでいた気がします!

 

【恩師との出会い】

 

中学時代には、私にとって恩師と感じている先生との出会いがありました!

 

とても不器用で、体力面だけでスポーツをしてきた私にとって、体育の球技が大の苦手でした💦

 

そんな中、仲間との関りをうまく創り出してくださったり、出来ないながらも頑張っている私の姿を認めてくださった担任の先生(体育教員)に憧れを持ちました!

 

体育の先生ってカッコいい!私も先生みたいな教員になりたい!!

 

私の夢が生まれた瞬間でした✨

 

【暗黒の高校時代】

 

教員になりたいという想いを抱え、高校は県内でもトップクラスの進学校を受験!

 

実は、その高校を選んだ本当の理由は、他校の陸上部の当時好きだった男の子が進学すると聞いたから♡

恋するパワーは凄い★

先生たちにも「無理だろう…」と言われていた高校に見事合格👏

 

しかし…いざ進学して見ると好きだった彼は違う高校に😨

なんでーーーーーー!笑

 

しかも、高校で勉強に全くついていけず、毎度の赤点に学校に行くのも嫌になってきた時も。。。

 

そんな時の心の支えは、陸上競技でした!

 

部活の仲間といろいろな馬鹿なこともしながら笑いあったり、他の学校の陸上部の仲間とも一緒に練習をしたり、合宿をしながら、世界を広げてもらったり…

 

いつも刺激と、心のよりどころを作ってもらっていました🌞

 

もちろん、大学受験では勉強にも向き合う必要があったのですが、自分の心の支えにもなっていたスポーツを更に極められる場所への想いが強くなりました!

 

【長野の田舎から大阪へ飛び出す!!】

 

「田舎なんて嫌だ~!!!」と、とにかく長野から離れたい!という気持ちも強く高校卒業後は大阪へ

 

そこから体育系の大学で4年間スポーツマネジメントを学びました✎

 

大学では、陸上競技を極めたい!とも思っていたのですが、周りのレベルの高さに挫折…

アルティメットというフリスビーを使った競技のクラブに入りました♪

 

マイペースに活動できるかと思いきや、意外にハード!!

お昼休みは毎日グランドに行って練習!

放課後は週に3回近くの大きなグランドで3時間ほど練習!!

土日は、5時間の練習か練習試合!!!

 

しかも初めての集団スポーツ!

それまで個人スポーツで、先輩に気を遣うことが少ない生活をしていた為、上下関係の厳しさや、仲間との人間関係の難しさに、家に帰って布団の中で泣くこともしばしば。。。笑

 

お金も無いので、クラブ活動の後には深夜にカラオケや居酒屋でバイト

月に10万円を稼ぐことを目標にバイトに明け暮れていましたが、クラブ活動のハードさと寝不足で過労がたたり倒れてしまったり…

 

社会の厳しさを学んだ時期でした☺

 

【裏方の支える仕事にやりがいを感じた『学友会』での活動】

 

そんな中、学友会のスタッフとしても活動を始め、学園祭の実行委員として色々な活動をさせて頂きました☘

 

ここでも訳の分からない上下関係で、一週間かけて手書きで書いた企画書を先輩たちにダメ出しをされてやり直しさせられるという生活を3ヶ月以上続けたり…

 

朝方までリハーサルを繰り返して、学校に寝泊まりをするなんてことも…

 

でも、学園祭が実際に自分たちの考えた企画で形になって、参加者が楽しんでいる姿を見て、達成感や充実感と共に、とても感動した事を覚えています✨

 

私のやりたいことはこれかも!!

と、そこからイベントの企画運営が出来る仕事に興味を持つようになりました。

 

学友会の副会長として、大学の代表として近隣の市教委との会議にも出させてもらい、「子ども見守り隊」として学生が小学生の安全を見守るプロジェクトで活動もさせて頂きました!

 

小学生と学生の交流の時間をイベント企画したり、朝の挨拶運動をしたり…

 

今思うと、とても貴重な経験をさせて頂けたなと思います^^

 

【キャンプの世界に飛び込む!!】

 

大学3年生の時に、ゼミを選ぶ際にとても迷いました…

 

スポーツを科学的に学んで専門的な知識を広げるか、スポーツクラブに入社できるように、スポーツのマネジメントを学ぶか。

 

その時に、グッと引かれたのが『野外教育』という今まで考えてもみなかった分野でした!

 

自然体験を通して子どもたちの生きる力を育む…それもスポーツが出来ることの一つなんだと思ったら、とても興味を引かれ、ゼミの先生を訪ねていました♪

 

そこからはキャンプ漬けの2年間でした!

 

市と連携して小学生対象のキャンプを企画し、実際にプログラムを提供したり…

 

ゼミの仲間と和歌山の友が島(無人島)へ行ってソロキャンプをしたり!

 

長野の戸隠で雪洞を作ってスキーキャンプをしたり!

 

キャンプを通じて自分自身も心を動かされる体験を沢山でき、充実した大学生活を送ることが出来ました☘

 

【新卒社会人は大阪で就職!!】

 

大学の時、進路についてはかなり紆余曲折がありました…

 

教員になって長野へ帰るというのは、自分の中では今の時点では考えられず…

(教員になって生徒の前に立つ自信が無かった…)

 

白バイ隊員になりたい!という理由から、警察官を受験したりもしました!

→1次試験で落ちました💦

 

そんな中、野外教育を日本に広めた団体で新入職員を募集していることを知り、組織の理念にとても共感し、面接を受けに行きました!

 

その面接で一番覚えているのが「あなたの人生のゴールはなんですか?」という質問でした。

 

この組織に入りたい!と思ったのは、その面接を受けてからでした!

この企業はとても人を大事にしてくれるんだなと面接を受けてとても惹かれました✨

 

そこで、ご縁があり入社できることとなりました!

 

長野に戻る予定が、大阪での生活が続くことに両親は大反対していましたが、私としてはとても「自分の人生を生きている」を実感できた時間だったと思います。

 

その企業は世界中に拠点がある公益財団法人の企業で、青少年育成への貢献や、社会課題への取り組み、様々な活動を行っている企業でした。

 

新卒1年目で、一番スタッフの少ない拠点に配属になり、スタッフが所長と私しかいない中、毎日複数のプログラムをこなしていました!

 

午前中は、精神病院へのレクリエーション指導、午後は小学生・幼児の体操教室、夜は小学生のバスケットボール教室

土日は、小学生を連れて日帰りのデイキャンプを企画して行ったり、地域のイベントに顔を出したり…

 

今思ってもとても忙しくて休みもないような毎日でしたが、ある程度自分の自由に企画運営をやらせて頂いて、貴重な時間になりました☘

 

【結婚→離婚→退職 怒涛の一年間🌊】

 

そんな「自分の天職かも✨」とおもえるような仕事で、充実した日々を送る中での悩みが、スポーツ系企業であるある、「お給料が少ない」という問題でした💦

 

大阪で1人暮らし、アパートの家賃や生活費、そして関わってくれるボランティアの学生スタッフにお疲れ様会でおごっていたら手元に全くお金は残らず…

 

このままじゃこの働き方は続けられないかもしれないと思いました。

 

そんな時に出会ったのが、シンガポールから出向帰りの、隣の拠点の所長をしている12歳上の上司でした。

 

なぜかよくうちの事務所に来るな…と思っていたところ、私に気を留めてくれていたようで、あっという間にお付き合いをすることになり、結婚の話になりました。

 

この人と結婚するんだろうか?と何か気持ちの中で引っかかっていたところもあったのですが、1人だと大阪では生活できないと思っていた私も、上司と結婚すれば、この仕事も長く続けていけるのでは!なんてラッキーなんだ✨と考え、OKしました。

 

人柄に定評が有った彼なので、周りも祝福してくれて、反対するだろうと考えていた両親もあっさり結婚を認めてくれました。

 

結婚の話が進む中、なんだか私は他人事のような気もしていて、結婚ってこんな簡単に進むもんなんだな…と思っていた記憶があります。

 

そんな感じで結婚して数か月、結婚生活は自分の思っていたものとは全く違っていました。

 

仕事を頑張っていきたいと考えていた私ですが、家庭にいてほしい想いのある彼の圧力で、自分の仕事をどんどん減らされる…

 

家庭の中でも、話をして認識のズレを埋めたい私と、全て良いよと聞いてくれて反論しない彼(でも実際はやっていることが違う)に、何か虚しさを感じてしまい、話をするのが嫌になっていってしまいました…

 

そこから家庭内でもすれ違いになり

私も家に帰ることが出来なくなり一時期は車に寝泊まりしていた時期もあり、最終的には別居をすることに…

 

ご飯も喉を通らなくなり、こんな結婚生活もまともにできない私ってダメな人間だ…と死ぬことばかり考えるようになっていました。

 

そこから、私の事を心配した親友の後押しもあり、実家に帰ることに…

 

絶対に辞めたくないと思っていた仕事を辞めることになり、戻ってくるもんか!と思って出ていった地元に帰ることになり、私の心はとても立ち直れるような状況ではありませんでした😢

 

旦那さんとは話し合いも出来ずに、それから1年後にようやく離婚を同意してもらえました。

 

【恩師の先生の言葉に教員を目指す💪】

 

長野に帰って、ただ涙が流れてくる毎日で、どうしたら良いか分からない私が思い出したのが、中学の恩師の先生でした!

 

実はその先生は大阪まで結婚式にも来てくれていて、今の状況を報告したかったのと、誰にも相談できない今の状況の中で、ただ先生に会いたいという想いで連絡をしました。

 

地元の、中学の時に陸上の大会をしていた競技場の公園で先生に会いお話をしました。

 

そこで先生からもらったのが、「長野に帰って教員をやれってことじゃないかい?」という言葉でした。

 

こんな離婚をするようなダメな私が教員になって良いの?と、そんな選択肢は全く考えていなかったので、ハッとさせられました。

 

実は、中学の時に先生とした約束がありました

「お前が教員になった時に同じ中学校で働けるのが俺の夢でもあるから」と

「私も先生と一緒に働けるように頑張ります!」そう約束しました。

 

その約束はいつも頭に残っていて、大学に行くときも、大阪で就職する時も、結婚する時も、頭に出てくるものでした。

 

【人生のリハビリ期間】

 

そこからしばらくは、まずは人として普通の生活が出来るように社会に復帰しようとアルバイトをはじめました。

 

児童センターでの体育補助員のお仕事を始め、次に市営プールでの監視員のアルバイト、そこで紹介されたガソリンスタンドでの深夜アルバイトなど、少しずつ生活を取り戻していきました!

 

臨時採用の教員などで関わりながら、教員採用試験にもチャレンジしました!

 

この間に、地元のサッカークラブにも関わるようになり、ホームゲームのお手伝いや、地域イベントでのお手伝い、サッカー教室の補助などをしながら、イベントの企画運営の楽しさを思い出していました☺

 

サッカークラブで働きたいという想いも強くなっていた頃、3度目の教員採用試験にも合格をしました!

 

サッカークラブの社長さんに、「一緒に働いてほしいけれど、教員は誰でも受かるものでは無いから、そこにチャレンジしてみてほしい気持ちもある」と後押しをもらい、教員として仕事をしていくことを決めました。

 

【戸惑いの多い教員生活】

 

念願の教員生活でしたが、任された部活が、自分の経験の無い女子バスケットボール部ということで、そこでの負担感はとても大きなものでした。

 

ルールも審判も、全く始めてからの勉強で、生徒に教えてもらう事も😨

自分の取柄は、自分でも一生懸命に向き合うことだと、一緒に走り込みをしたり、シュート練習に入って声をかけたり…

 

自分に出来る事を探しながら向き合う日々でした。

 

そんな部活動への悩みの中で出会ったのが今の旦那さんでした✨

 

女子バスケットボール部に外部コーチとして長くかかわっていた彼でしたが、今後は仕事の関係で継続できない…と相談をもらい、部活動からは離れることになりました。

 

そこから個人的に相談をしたり、交流をするようになり、自然とお付き合いから結婚を考えるようになりました!

 

苦しい離婚経験がある私なので、再婚というのは全く考えていなかったのですが、彼にも同じように離婚歴があることを知り、縁というか、妙な納得感もありました。

 

バスケを通じて、お互いの大切にしている価値観が似ていること、また、お互いに離婚歴があることから、結婚に対しての考え方も共通するところがあり、この人なら大丈夫という安心感が大きかったと思います。

 

そんな彼と結婚し、半年後に妊娠が分かりました👶

 

【妊娠期間中の勤務の辛さ…】

 

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